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2008年9月18日 (木)

みすずさん的なつぶやきⅡ

貰った本の最初の詩に…

こだまでしょうか

「遊ぼう」っていうと
「遊ぼう」っていう。

「馬鹿」っていうと
「馬鹿」っていう。

「もう遊ばない」っていうと
「もう遊ばない」っていう。

そうして、あとで
さみしくなって、

「ごめんね」っていうと
「ごめんね」っていう。

こだまでしょうか、
いいえ、誰でも。


という詩が載っていました。
前の日に、調度彼とこんなやり取りをしたので、読んだ瞬間ドキッとしました。

私は前の晩、彼と電話をしていて、少しの間電波が悪くなり、私はそのことにイライラしてしまったのです。
(そんな些細なことに、イライラしてしまう自分が情けない…)
イライラした気持ちが、声に出てしまったので、相手が、一歩引いた声の調子になりました。
電波が良くなって私達は、すぐまた普通に話しはじめました。
私は、電話を切る間際、イライラしてしまったことに対して、悪かったなぁと思い、本当に詩のように「ごめんね」と言いました。
そうすると悪くないのに相手も、「ごめんね」って返してくれました。

ただ、こだまのように返ってくる言葉だけれど、相手が自分を許して受け入れていることがわかりました。
申し訳なくて悲しい気持ちのときでしたから、救われた気持ちになりました。
もっと素直になることができます。
詩を読んで、何気なく過ぎた出来事の有り難さを感じました。

みすずさんは、最後に

こだまでしょうか、
いいえ、誰でも。

と書いています。
誰でも、誰かを許し受け入れる存在になれるんだと言ってくれた気がしました。
私も彼や誰かのこだまになれるように、毎日を過ごしたいと思います。

Ⅰでアップした絵は、一心同体のカップルです。
遠く離れているから反響するこだまですが、でも本当はいい言葉も悪い言葉も、絵の二人のように、間近で言われているように感じるものかもしれないなぁと思います。

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